「大気の川」
例年よりも一週間早く二学期が始まっている今年の事情からすれば、当然と言えば当然なのですが、例年以上に猛烈な残暑の中での学校生活はなかなか大変ですね。明日からは9月に入りますが、これを境に少しでも暑さが和らいでくれたらいいですね。
昔から、よく晴れた夏の午後から夕方にかけて、急に入道雲(積乱雲)がわいて一時間ばかりの雨が降り、ちょっと気温が下がることがあります。一般的にはこれを「夕立」と言いますね。激しい降りに、目の前の視界がさえぎられるような状態になることがあるので、「白雨」と言ったりします。雨だけでなく、雷を伴うような場合には、雷を神様に見立てて「神立(かんだち)」とも呼ぶのだそうです。
夕立が起こる原因は、夏の強い日差しで地面付近の水蒸気を含んだ空気があたためられて、上空との温度差によって上昇気流が起こることで、積乱雲が形成されることにあります。積乱雲の水蒸気が上空で冷やされることで水滴となり、雨が降ります。でも、積乱雲はたいてい一時間ほどで消えてしまうので、雨はそう長くは続きません。地上に降った雨は蒸発する時に周囲の熱を吸収するので、打ち水のような効果が生まれて、夕立の後は涼しく感じられるというわけです。
でも、最近はあまり夕立という言葉を聞きません。先週の中ごろは東京でもしばしば「ゲリラ豪雨」が発生したというニュースがさかんに報じられていました。「ゲリラ豪雨」も夕立も、発生するメカニズムは一緒です。現代の都市は、温暖化の影響に加えて、自動車の排気ガスやエアコンの室外機の熱などの影響で、午後に限らず気温が高い状態が生まれがちです。これを「ヒートアイランド現象」と言います。ですから、本来なら積乱雲が発生しにくいはずの午前中であっても、突然、激しい雨が降ることがあるのです。いつ、どこで降るか予測がつかないということで、マスコミが「ゲリラ戦」に例えてその名をつけたようです。先生は、血なまぐさい戦場を連想させる「ゲリラ豪雨」という呼び方が好きではありません。気象庁も、正式には「局地的豪雨」というような表現を使っていますが、「夕立」のような風情を感じさせる言葉が新たに生まれるといいですね。
さて、そろそろ台風のシーズンです。年々、日本にやってくる台風の大型化が指摘されていますが、今年も風雨による大きな被害が心配されます。夕立とは違って、激しい雨が同じ地域にまる一日、あるいはそれ以上に降り続くことで、記録的な雨量が計測されることになります。そうしたケースでは、「線状降水帯」という言葉がよく使われます。これは、水蒸気を多く含んだ積乱雲があたかも大きな川のように連なって、ある地域の上空に次々に流れ込んでくることを指します。上空に、大きな川が流れているかのような状況ですから、「大気の川」という言い方もあります。
7月の初めに、熊本県の球磨川流域を中心に集中豪雨による災害が起きたことは、テレビ朝礼でもお話ししましたね。名古屋大学の坪木教授によると、この時、熊本の人吉盆地に入り込んできた「大気の川」は、長さが400kmに及び、3日の夜から4日にかけて、人吉盆地の上空の空気は1㎡あたり70㎏もの水蒸気を含んでいたというのです(7月11日東京新聞)。ちょっとピンとこない人のために違う数字を示しましょう。この時九州に流れ込んだ「大気の川」の水蒸気量は毎秒50万tと計算されます。ブラジルのアマゾン川を流れる水量は河口あたりでおよそ毎秒20万t、ということは、アマゾン川の2倍をゆうに超える大きな川が、人吉盆地の上空に流れていたという計算になります。
激しい雨が降る時、空を見上げてそこに川が流れている様子を思い浮かべるのは、なかなか難しいかも知れません。「大気の川」は、決して風情を感じさせる言葉ではありませんが、自然界が持っている力のものすごいスケールを感じさせます。