桐朋学園小学校

桐朋だより

月曜朝礼 校長片岡先生の話⑤

【小学校のみなさんへ】

春は、別れと出会いが交錯する季節です。コロナウィルス感染症の広がりが心配された3月16日の卒業式は、いつもの年のように在校生が卒業生を送るという形ではなく、保護者の方と先生方だけで卒業生を送り出しました。でもみなさんが準備していた歌声や言葉、それから拍手もきっと、卒業生の心に届いていたと思います。

4月に入って、東京都のコロナウィルス感染症の患者数が大きく増加していることから、桐朋学園小学校は、2020年度一学期の始まりを、5月の連休明けにのばす決定をしました。4月10日に予定されていた入学式も、5月11日に延期されました。「にゅうがくをたのしみにしていたしんにゅうせいのみなさん、がっかりさせてごめんなさい。5がつ11にちまでのあいだに、2ねんせいから6ねんせいまでのおにいさん・おねえさんたちも、それからせんせいたちも、たのしいことをたくさんよういして、みなさんのえがおをまっています。それまで、げんきにすごしてください。」

さて、3月21日午前1時過ぎ、都内で最も古い木造の駅舎として親しまれてきた原宿駅の旧駅舎が、96年間のつとめを終えて、翌朝から新駅舎が開業しました。そして、4月6日には、都内で2番目に古い駅舎だった国立駅の旧駅舎の復元工事が終了し、国立市の交流・情報発信拠点という新しい役割を得てオープンしました。先生は2016年6月の月曜朝礼で、この二つの駅舎のことに触れています。別れと出会いの季節に重なるニュースでしたので、あらためてみなさんにご紹介しましょう。

片岡 哲郎

プレイバック月曜朝礼⑤

「街のシンボル」(2016年6月13日)

みなさん、おはようございます。今朝は、梅雨時らしい雨の朝となりました。一学期も、残すところあと一ヶ月となりましたね。6年生のみなさんは、遠泳に向けての練習が進んでいるでしょうか。

6月10日の新聞に、4月の熊本地震で大きな被害を受けた熊本城について、熊本県や熊本市は3年後の2019年までに天守閣を再建する方針を固めたという記事が出ていました。全体の3分の1の石垣が崩れ、堂々とした天守閣もほとんどの瓦が落ちてしまった写真を、みなさんもどこかで見ていると思います。熊本城の天守閣は、明治時代に火災で失われ、今の建物は56年前の1960年に、鉄筋コンクリートで再建されたものです。

今回の被害を受けて、市や県の話し合いの中では、「時間がかかっても、もともとの姿である木造で再建しなおすべきだ。」という意見も出されたのですが、江戸時代に建てられた時の図面が残っておらず、費用も手間もかかるということで、木造での再建は断念されました。それよりも、熊本が開催地の一つである2019年のラグビー・ワールドカップに間に合わせて、熊本復興のシンボルにしたいという意見が強く、鉄筋コンクリートで建て直すことになったようです。

さて、話はかわりますか、たてものに関することで最近話題になっているのが、JR東日本が打ち出したJR山手線・原宿駅の駅舎建替え計画です。原宿と言えば、半世紀にわたって常に時代の最先端の流行を生み出してきた、ファッションと若者文化の街。すぐ近くには明治神宮の豊かな森が広がり、国立代々木競技場で開催されるスポーツイベントやコンサートにも多くの人が集まります。原宿駅を利用する人は一日平均で約7万人と言われますが、これは荻窪や八王子よりちょっと少なく、国立よりは2万人も多い数字です。もっとも原宿駅は、休日や大きなイベントがある日に多くの利用客が集中するので、この数字の印象よりも実際の混雑は激しいのです。

みなさんの中にも、原宿駅を使ったことがある人が多いでしょう。原宿の駅舎は、1924年(大正13年)に建てられた木造2階建ての、古いお屋敷のような洋風建築です。屋根にはかわいらしい塔が乗っています。東京都内の駅舎の中では間違いなく一番古いもので、街のシンボルになっています。ただ、多くの利用客をさばくにはあまりに狭く、古くなって傷みもはげしいため、持ち主のJR東日本は、2020年東京オリンピックまでに新しい駅舎へと建替える計画を立てたのです。これまでの原宿駅に愛着のある人々も多く、今の駅舎を保存するかどうか、これから話し合いが続くことでしょう。

みなさんは、以前国立駅に立っていた駅舎の姿を見たことはないでしょう。

北館の2階に上がる階段の踊り場、20期の先輩たちが残した卒業製作の中央に、2006年に惜しまれながら解体されたJR国立駅の駅舎の姿があります。国立駅の旧駅舎は1926年、原宿駅の2年後に建てられた都内で2番目に古い駅舎でした。高さ約12mの赤い三角屋根に白い壁が特徴で、国立市の街づくりのモデルとなったイギリスの田園都市の住居デザインを取り入れており、市の有形文化財に指定されています。国立市は、市のシンボルとして80年間にわたり市民に親しまれてきたこの旧駅舎を、当時の部材を使って復元する計画を進めています。今年1月の毎日新聞は、駅の南口に2020年までに復元することが決まったと伝えています。

このところ、いろいろなところで「2020年までに…」という言葉が使われていますが、そのころ東京はどのような街になっていることでしょう?

※よみがえった旧国立駅舎

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