桐朋学園小学校

保護中: とうほうがくえんしょうがっこうのみなさんへ

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月曜朝礼 校長片岡先生の話④ ※次回からは「季節の風景」に掲載します

【小学校のみなさんへ】

砂時計のような桜吹雪と入れ替わりに、みやばやしの木々からいっせいにみずみずしい若葉がふき出しています。

お芝居の廻り舞台のような、実にドラマチックな場面転換の時を、私たちは毎年、目のあたりにしています。

新学期の生活に向けて、心の中に力がみなぎってくるような思いを感じながら。

今日のお話は、『万葉集』に登場する置始長谷(おきそめのはっせ)と大伴家持(おおとものやかもち)のエピソードです。

現代風のくだけた言い方をすれば、置始長谷という若い女性が山吹の力を借りて大伴家持という憧れの男性に「告(こく)る」場面。

家持がそれをやんわりと受け止めながら、恋のかけ引きがなされています。ドラマの一場面のようなときめきが伝わってきませんか?

今だったら、置始長谷の役にはどんな俳優さんが似合うか、大伴家持役には誰がいいだろうなどと、他愛もない空想が広がっていきますね。

春らしいお話として、元気の出る山吹と菜の花の色を添えて、もう一度みなさんに紹介しましょう。

片岡 哲郎

「こころ弾む色」(2015年4月20日)

みなさん、おはようございます。

今朝は2015年度最初の月曜朝礼です。

今年も、その季節ならではの話題であるとか、その時ニュース等で報じられている話題を、できるだけ易しい言葉でお話ししていきますので、どうぞよろしくお願いします。

桜の季節が終わって春の盛りが過ぎるにつれて、街の風景はどんどん若葉に覆われていきます。

若葉のやわらかい緑色というのは、本当に瑞々しく感じられますね。

小学校のイチョウの木の若葉は、芽生えたばかりなのにもうイチョウの葉の形をしていて、何とも愛らしかったです。

気がついた人もたくさんいたことでしょう。

5年生のみなさんは、今日が最後の一年生送りですね。

ホッとするのと同時に、何だか離れがたいような複雑な気持ちだと思います。

しっかりと送ってあげて下さい。

今、春の大学通りを歩くと、若葉の下に咲き乱れる菜の花・連翹(れんぎょう)・そして山吹などの鮮やかな黄色い花が目立ちますね。

今朝はその、山吹のお話です。

学校の中では、本館の玄関を出たところの、みやばやしの茂みの中で、文字通りの山吹色の花を咲かせています。

先生はこの山吹が大好きです。

今朝はその理由をお話ししましょう。

8世紀後半と言いますから、今から1200年以上も昔の奈良時代、当時の人々が詠んだ4,500首もの歌や詩を集めて、『万葉集』という歌集が作られました。

その歌集を作るために力を注いだのは、大伴家持(おおとものやかもち)という歌人です。

家持は、自らも優れた歌をたくさん残している、まさに奈良時代のスーパースターでした。

万葉集の中に、家持の別荘で開かれたパーティーに参加していた置始長谷(おきそめのはっせ)という女性が、山吹の花を添えて家持に贈った歌が収められています。

「山吹は 撫でつつ生(お)ほさむ ありつつも 君来ましつつ挿頭(かざ)したりけり」

今の言葉に直せば、「山吹は大切に育てます。これから先、あなた様が私の屋敷に来られるたびに、髪にかざしたいですね。」

それに対して家持は、こう歌っています。

「我が背子(せこ)が 宿の山吹咲きてあらば やまず通はむ いや年の端(は)に」

つまり家持は置始長谷に「あなたの家に山吹が咲く頃には、毎年訪れますよ。」と返事をしたのです。
置始長谷は、きっと家持のことが好きで、憧れていたのでしょうね。

ちなみに髪に花を飾るという行いには、望みをかなえるおまじないのような力があるとされていました。

この歌に込められた長谷のいじらしい思いが感じられる、とても魅力的な歌のやり取りとなっています。

先生には、山吹が何か素敵なことが始まるしるしのように感じられるのです。

山吹の花の色も、きっと関係しているのでしょう。

色には、人の心に働きかけて様々な感情を呼び起こす力があります。

例えば赤い色には、人間の体温を上げ、活力を呼び起こす力があります。

バーゲンセールの広告や値札に赤い色が使われているのは、それによって売り上げが伸びるからなのだそうです。

反対に青い色には、気持ちを静め、心を落ち着かせる効果があります。

集中力を高めるので、受験勉強や暗記をする時には青いペンを使うと良いとも言われています。

では黄色にはどのような力があるのでしょうか。

黄色は太陽の光に最も近い色で、人に喜びや希望を与え、社交的で楽しい気分を生み出すと言われてます。

不安や自信のなさを解消し、気持ちを前向きにさせてくれる色なのです。

だから、黄色い花の咲く大学通りを歩くと、何だか心が弾むような気がするのでしょう。

そう考えれば、本当に新学期にはふさわしい風景ですね。

置始長谷もきっと、黄色い山吹の力を借りて、家持に気持ちを伝えたのでしょう。

みなさんも、何かで勝負をかける時には黄色、これを覚えておくといいことがあるかも知れませんよ。

※大学通りに咲く、山吹と菜の花です。

今年度の学校説明会・体験日について

以下の学校説明会については中止とします。

(1) 2020年4月25日(土) 10:00~
(2) 2020年4月25日(土) 14:00~

また、5月23日(土)の学校体験日も中止とします。

ご予定してくださっていた方々申し訳ありません。

また、楽しみにしていてくれた小さなみなさん、申し訳ありません。

保護中: 1年生 第1回保護者会資料

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臨時休校を5月6日まで延長します

新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、臨時休校を5月6日まで延長します。

従って、4月6日の登校日は中止、8日の始業式、10日の入学式は延期とします。今後、オンラインではありますが、子どもたち同士が顔を合わせられるような機会をもちたいと考えています。課題等については、郵送の予定です。

詳細につきましては近日中にホームページに掲載しますので、必ずご覧ください。

月曜朝礼の校長片岡先生の話③

【小学校のみなさんへ】

国立の桜が、満開の時を迎えています。

新型コロナウィルス感染症の流行を防ぐために、都内の公園ではお花見を禁止しているところも多くあるようですが、さっそく3月22日の日曜日には、春を待ちきれない人々が多く大学通りに繰り出して、桜の花を見上げていました。

9年前の東日本大震災の春、満開の桜を、せつない思いで見上げたことを思い出します。

今日のお話は、大震災から一年経った2012年4月最初の月曜朝礼です。

文中の映画は今でもインターネットで観ることができます。

『福島県三春町滝桜 日本語版』で検索してみて下さい。

「滝桜」(2012年4月16日)

 

みなさん、おはようございます。

新しい2012年度が始まって、最初の月曜朝礼ですね。

またよろしくお願いします。

この時期は特に、学校の行き帰りに大学通りを歩くと、桐朋学園小学校の通学路は日本一だなあと、誇らしく感じますね。

今年の春はずっと気温が低くて、2月になってもなかなか梅の花が開かずにやきもきしましたが、結果的に桜の開花も10日ほど遅くなって、新学期の始まりが満開の時期と重なったのは幸運でした。

本当にため息の出るような、豪華絢爛たる桜の風景の中で始業式を行ってから一週間が経ち、今、国立の桜並木は春物のコートを脱ぐように、その花を散らしています。

東京で暮らしている私たちにとって、梅は2月の主役で、桜は3月下旬から4月の始めが見頃というのが当たり前の感覚ですが、日本列島は南北に伸びていますので、北国の花の盛りは東京とずいぶん異なっています。

新潟県出身の詩人である堀口大学という人が、こんなことを言っています。

「4月になって、梅桜桃李/あとさきのけじめもなしに/時を得て、咲きかおり…」(4月になって、梅や桜、桃、李などが、われ先にと競うように一度に咲き、良い香りを漂わせている)。

彼の故郷新潟では、桜と梅、桃、スモモが一度に花を咲かせるのでしょう。

花の前線は、梅から桃、そして桜の順に北上を開始するのですが、どうやら北に行けば行くほど、その間隔はせまくなっていくようです。

梅と桃と桜が一度に咲くことを、そのまま名前につけた町が、福島県にあります。

三つの春と書いて三春町といいます。

人口は18,000人、普段は静かな山間の町ですが、この町はあることで広くその名を知られています。

それは、この町にある一本の桜の樹です。

高さ13.5m、枝の広がりは東西25m、南北20m、根元の周囲は11.3m、樹齢は700年とも1,000年とも言われる日本一の枝垂桜です。

高い梢から段を織り成すように、四方八方にまるで滝の流れのように咲くその姿と、その樹が立っている滝という地名から、「三春の滝桜」と呼ばれている、国の天然記念物です。

例年4月の中旬から下旬にかけて、花の見頃を迎えます。

近年では30万人をゆうに超える見物客が押しかけ、満開の時には根元まで2時間以上の行列ができるそうですが、昨年に限っては、全く事情が違いました。

三春町は、福島第1原子力発電所から47㎞のところにありますが、東日本大震災で事故を起した原子力発電所から放出される放射能を恐れて、滝桜が満開になっても訪れる見物客はほんとうに少なかったようです。

福島県出身の映画監督、今泉文子さんは、震災から一ヵ月後の昨年4月11日から、滝桜の前にカメラを据えてずっとその映像を撮り続けました。

昨年の滝桜は4月15日に最初の一輪が開き、4月26日に満開となりました。

今泉さんはその2週間の映像をわずか10分あまりに短縮して、「福島県三春町滝桜」という映画を製作したのです。

この映像は、インターネットで公開されていますので、もし見られるようなら是非見てください。

素晴らしい青空の日もあれば、あるいは風の強い日、雪まじりの雨の日、満月の夜、滝桜は一日一日その表情を変えながら、見事な花をつけています。

作品はその滝桜の変化する姿を、音楽のみで淡々と伝えていますが、それがとても素晴らしいのです。

映像の最後は満天の星空、「福島は私たちの故郷です。」というメッセージが流れます。

原発事故の影響に苦しむ故郷の姿に寄せる思いを、今泉さんは無言のまま見事に表現しています。

桜前線はこれから東北地方を北上します。

岩手県出身の歌人・詩人の石川啄木は「皐月は、一年中最も楽しい時である。天下の春を集めて、そしてそれを北方に送り出してやる時である。」と描いています。

被災地・東北に暖かい春が巡ってくるまで、あと一息です。

 

写真は、3月22日の国立駅前の桜です。

月曜朝礼の校長片岡先生の話②

【小学校のみなさんへ】

国立駅前の桜は、なんと3月13日に、今年最初の花がこぼれ咲きました。

年々早まる桜の開花。

原因として考えられるのは温暖化による春先の気温上昇でしょうか。

18世紀なかばの産業革命以来、石炭・石油といった化石燃料の使用や森林の減少などにより、大気中の、二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの濃度が急激に増加したことで、世界の地上気温はおよそ1℃上昇している、そんな数字を聞いても、もう誰も驚かなくなっています。

 

2月17日に実施するはずだった月曜朝礼が、交通機関の乱れによって中止となりました。

その時用意していたのが、南極の話でした。

実は3月16日に行われた桐朋学園小学校卒業式でも、少しだけこの話を引用しましたので、みなさんにも読んでもらえたら、と思っています。

片岡 哲郎

「南極のきしむ音」(2020年2月17日)

みなさん、おはようございます。

昨日の日曜日は朝から雨模様で、気温も10℃そこそこでしたが、今日はぐっと暖かくなるようですね。

実は先週の水曜日から土曜日まで、東京の気温は連続して15℃を超えました。

この暖かさが4日も続いたのは、2月としては実に65年ぶりのことなのだそうです。

立春から春分の間に、その年初めて吹いた強い南風のことを「春一番」と言います。

厳密に言えば、日本海を進む低気圧に向かって、秒速8m以上の風が吹き込み、前の日に比べて気温が上昇する時にこの言葉が使われます。

先週の水曜日には四国の室戸岬で秒速20.4m、愛媛県で14.6mの南風が吹き、高松の気象台は四国に春一番が吹いたと発表しました。

そして昨日は富山で秒速19.8m、金沢で8.6mの風が吹き、新潟の気象台は北陸地方で春一番が吹いたと発表しています。

四国では昨年より7日早く、北陸では昨年より12日遅い春一番だったそうです。

今日はもしかしたら、関東でも春一番が吹くかも知れないということですが、どうでしょうか。

2月12日水曜日の夕刊が伝えていたのは、南極から届いた、季節の変わり目を告げるニュースでした。

日本の南極地域観測隊は、1957年に第1次観測隊が昭和基地を設立してから今日に至るまで、60年以上にわたって南極の観測を続けています。

昨年11月27日に出発した総勢88名の第61次南極観測隊は年末に昭和基地に到着し、氷河や地形などの観測、地震計などのデータ回収等のためにヘリコプターで南極各地を飛び回り、基地では輸送や建設などの作業に追われて来ました。

南半球にある南極の季節は、日本とは逆です。

1月は南極の夏にあたり、昭和基地の最高気温は2℃ほど、これは冬の札幌あたりと変わりません。

一方、8月の南極は真冬で、気温は-30~40℃に下がることもあります。

南極観測隊のうち、一年間南極で活動し南極の厳しい冬を越える越冬隊員は30名のみ、残りの隊員は“夏隊”としてこの2月4日で任務を終えて、南極を離れるのです。

夏隊とともに南極を去るのは、前の年に基地に入って一年間を過ごした第60次観測隊の越冬隊員31人。

昭和基地にはこれから61次越冬隊員の30名だけが残り、一年間の任務にあたることになります。

今回、南極の風景とペンギンに憧れて夏隊に応募した東北大学職員の樋口実佳さんは、一ヶ月間、基地に出入りする隊員の数を毎日把握し、食事数の調整や連絡などの業務に追われました。

彼女の頑張る姿を見ていた隊員たちは、樋口さんが基地を去る日に彼女を胴上げしたそうです。

第60次越冬隊員の藤田建さんは、気象関係のチーフとして自身3回目の越冬を終えました。

「日本に帰りたいという気持ちもあるけれど、いつかまた何か“忘れ物”をしたような気持ちになって、また来たくなってしまうんだろうな。」

と振り返っています。

南極は今、短い夏の終わりとともにそんな別れの季節を迎えたのです。

南極大陸は日本の国土の37倍、1,388㎢の広大な陸地の上に、平均1,856mの暑さの分厚い氷が乗っている、氷の大陸です。

2018年6月、ある学術雑誌は南極で-94℃という地球最低気温が記録されたと伝えました。

人間が数回呼吸しただけで肺が壊れてしまうような寒さです。

そんな氷の大陸に今、異変が起こっています。

2月13日、イギリスの新聞などが、南極半島北端のシーモア島で気温20.75℃が観測されたと伝えたのです。

「信じがたい」「異常だ」多くの学者がそう言って驚いています。

地球温暖化の影響が、南極を変えてしまうかも知れません。南極大陸のきしむ音が、聞こえてきそうです。

極端な話ですが、もし南極の気温が上昇して氷が全て溶けてしまったら…世界中の海面が今より60m近く上昇すると考えられています。

南極で今、何が起こっているのか、南極観測隊の活動は大事ですね。

○写真は、国立駅前(3月15日撮影)の桜です。

月曜朝礼の校長片岡先生の話①

【小学校のみなさんへ】 
新型コロナウイルス感染症の拡大を抑え、児童・保護者・教職員の健康を守るために、学校を長い間お休みにする決定をしてから、もう二週間がたちました。

みなさん元気に過ごしていますか。

それぞれのご家庭のなかで、少しでも桐朋学園小学校の香りを感じていただけるように、これまで書きためてきた過去の月曜朝礼のお話のなかから、今の季節に関わるものとか、朝礼が中止になってお話しできなかったものなど、いくつかをホームページでご紹介したいと思います。

もともと、私自身の原稿として書いたものですので、難しい漢字も多く使われています。

おうちの方と一緒に読んでみて下さい。

片岡 哲郎

「大震災から3年」(2014年3月10日)

みなさん、おはようございます。

今朝は、2013年度最後の月曜朝礼です。

三学期もあとわずかとなり、今週の金曜日は、いよいよ6年生、第52期生の卒業式が予定されています。

6年生のみなさんにとって残りの5日間は、本当に貴重な時間となりますね。

胸いっぱいに小学校の香りを吸い込んで、どうぞ豊かに過ごして下さい。

さて、今日は3月10日ということで、明日は東日本大震災からちょうど3年が経つ、3.11がやってきます。

大震災が起きた日、今の6年生は、3年生の終わりの時期を過ごしていました。

ということは、今の1年生から3年生までの人たちは、大震災が起きた日にはまだ小学生ではなかったということになります。

先生たちにとっては、東日本大震災はほんの昨日のことのように感じられますが、そう考えれば3年というのは長い時間ですね。

昨日の午後に放送されたテレビ朝日『フラガール ~未来へつなぐメッセージ』という番組は、とても印象的でした。

先生は震災の年の一学期終業式で、フラガールのお話をしました。

フラガールというのは、福島県いわき市にあるレジャー施設「スパリゾートハワイアンズ」で華麗なフラダンスを披露するダンサーの人たちのことで、映画にもなっています。

大震災で、「スパリゾートハワイアンズ」の建物も被害を受けて休業に追い込まれました。

施設内のステージで踊ることができなくなった彼女たちは、被災地福島県のシンボルとして5月3日から地域復興の思いを胸に「全国キャラバン」という全国各地を回る公演を始めました。

この番組は、その全国キャラバンの様子から現在までの3年間、フラガールの活動を取材したものでした。

現在、フラガールのリーダーを務める大森梨江さんのふるさとは、福島第一原発からわずか1㌔の福島県双葉町。

フラガールは復興のシンボルとして全国各地で喝采をあびましたが、彼女自身は被災者であり、自分のふるさとに帰ることもできません。

年に1度、特別許可を得て双葉町の自宅に帰るのですが、そこは3年前から時間の止まった、ゴーストタウンです。

JR双葉駅の売店には、2011年3月11日の新聞が並び、町の道路は地震の際のひび割れが原因で崩れ落ちています。

大森さんは、ふるさとを失った悲しみを胸に、復興のシンボルとして各地の避難所を訪問して被災者を励ましたり、全国を回って福島の復興をアピールする毎日を過ごしたのでした。

そんな彼女の心の中の叫びに焦点をあてて、番組は進みます。

原発の近くに住んでいた人々の多くは、同じ福島県内の他の市町村でまとまって避難生活を送っています。

もちろん、地域の人々は被災者の苦しみを理解し、受け入れています。

しかし、まとまった数の被災者が移り住んでくると、その地域の生活に様々な変化が生まれます。

例えば土地の値段が上がったり、病院が混んだりすることもあるでしょう。

時には、残念なことですが、被災地から転校した小さい子供たちに向けて、心無い言葉が投げかけられたりすることもあったそうです。

被災地から、県内のある小学校に転校した4年生のある女の子は、最初は学校に行くことができずに泣いてばかりの生活でした。

しかし、苦手の鉄棒を練習している時にクラスの仲間に助けられて、気持ちが変わりはじめます。

「大切なものは、友達と、家族と、優しい気持ち。」彼女の心に、光が差しました。

その女の子の小学校を、全国学校キャラバン・フラガールきづなスクールという企画で大森さんたちフラガールが訪問します。

「フラガールのおねえさんのようになりたい」女の子の心に、希望の種が蒔かれたのでした。

3年という月日は、そんな小さな物語をいくつも作る長さがあったのです。

3月11日の記憶は、この国に生きる私たちにとって、とても大切だと思います。

未来に向けて、語り継いでいきたいですね。

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